2008年7月24日木曜日

おしげない

いま、まさに地震だ。やばい。こわい。
あ。やんだ。揺れると本当にこわいね。

ここのところ、よく心も揺れる。
人に会う、自分の深いところの業のようなものを認識する、
物をみる、歌を聴く。
そういうことすべてに青臭いと思いつつも、感じる。

あと、20代の最後のしっぽを、後ろを振り返ることなく
やっていかなくちゃいけないなと強く感じる。
そういう発想自体もイタいのかなと思うけど
30代でも40代でもきっと自分であることには変わりないから
べつに20代であることもどうでもいい、
といってしまいそうになる自分がいるから
便乗して余計にそう思いこませたい。
ニヒリストになりたいわけじゃないので。

誰だって、何歳だって悩まない人はいないんだぜ。
と誰かと話した。その通り。
みんな何かを抱えて暮らしてる。けど、
それを声高に言うか言わないかそれだけの違いなんだと思う。

この年になって子供でいることを良しとしないけど
このまま目をそらしたまま古くなっていってはもったいない。
いくつになろうと、時には正直に思いを伝えることも必要。
そのまま感じることも私には必要。
それでいて、生きていけたら言うことなしやん。
とつくづく思う。
(本当は、旦那さんや、仕事をくれる人や、友人とか、親に

生かしてもらってるんだけどww)

ゆくゆくは非常時でも方針とか信念が揺るがないような
大人(おおきいひと)になりたし
と想い描きつつ、
日々の衝動に揺れ動き動物のように生きてる。
動物でも成立してりゃいいと思うけど。そこは未知数。

とりとめなくなってきたけど

こう細々とでも何か活動をしていると、
新しいもの古いもの含めて
人と出会うことができたりするので
そのことが単純に嬉しいかったりします。
ここにいるんだよと声をかける勇気になる。
だから、会えたことを喜ぶ言葉をいった時は信じて欲しい。
あなたに会いたかったんだと言いたいがために
写真が続いているといっても嘘じゃないんで。
単純明快な動機です。
もっと複雑でいたいのですが哀しいかな性分ですかね。

自分を左右する運命の人や土地は存在すると信じてるし
(胡散臭いけど。。)
これからも会いにいくことはやめない。
のであります。



まあ、結局今日は何が言いたいのかというと
とりあえず現在のその日暮らしを許してくれてる旦那さんに
感謝してる!ってこった。
(酔っているわけじゃないYO)

どうもありがとう。